3月11日: NBAが中断した日 (4) チェサピークアリーナで何が起きたのか
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3月11日のサンダー対ジャズの一戦は両チームにとって重要なものだった。

約1週間のロード3戦を全て勝利し、ロケッツを抜いてウェスタンカンファレンス5位に浮上したサンダーと、その差わずか1ゲームで4位にいるジャズとの直接対決。

サンダーがこの試合に勝てば順位は逆転し、サンダーが4位、ジャズが5位になる。

シーズン途中とはいえ、プレイオフでホームコートアドバンテージがつく4位と5位の差は大きく、どちらのチームにとっても負けられない大事な試合。

ほんの一瞬の、幻の4位でもいい。5位になった時のように記念のスクショができるだけでもいい。なんとしても勝ってほしい。

そんな風に思っていたサンダーファンも多いと思う。私もそうだった。

この試合は同時に、無観客になる前の最後の試合の可能性が高く、チェサピークアリーナに足を運ぶ私のようなファンにとってはまた別の意味で大事なものだった。

最後に行った3月3日の時とは状況が変わっているはずだ。

 

この日を迎えるまでの動き

 

一体どんなふうに状況が変わっているのかはよくわかっていなかった。

それでも、今シーズンはこれが最後のアリーナ観戦かもしれないと、ある程度覚悟しながら訪れたチェサピークエナジーアリーナで、私は今まで見たことのない光景を目の当たりにする。

 

規制のかかるチェサピークアリーナ

私が開場して向かった先は、選手に会えるサンダーベンチ裏。

そこでいつもと違うことが起きる。

セクション117の1列目まで降りて行くその途中で、アリーナのスタッフに止められたのだ。いつもなら行ける1列目に行ってはいけないと言う。

1列目どころか、行けるのは4列目までで、その隣、通路脇のセクション118には入ることすらできない。通路の向こう側のセクション119も4列目より前には行けない。というのだ。

つまり、選手からはサインがもらえない。サインどころか、そもそも選手には近づけない、と。

冷静に考えれば、メディアが選手にインタビューをする時だって距離を取るように言われているのだから、それがファンにも適用されるのは当然といえば当然だ。

それでも、なんの前触れもなく、いきなりファン対応が皆無になるとまでは思っていなかった私は、正直なところサンダーのこの徹底ぶりに驚きと動揺を隠せなかった。

こんなことは初めてだったのだ。

 

普段のアリーナとこの日のアリーナの違い

OKCに観戦に来たことのある人なら、もしくは私のツイートやブログで観戦の様子を見たことのある人なら、知っている人も多いだろう。

チェサピークアリーナはファンにとってはある意味天国のような所だ。

自分の席がどこでも(たとえ3階席でも)、開場時間から1時間弱の間は、サンダーベンチ側、あるいはビジターベンチ側の通路脇のセクションで選手を待つことができる。選手は手を伸ばせば届く距離に来てくれて、サインももらえるしツーショット写真も撮れる。

だから大体毎試合、ベンチ裏通路脇のセクション前列にはたくさんのファンが詰めかける。

選手を待つファンが前列に並ぶ

 

サンダー側だけではない。ビジターチームが人気チームだったら、そちらの方に人だかりができる。例えばレイカーズなどは選手に近寄るのが難しいくらい人が集まる。

選手を待つレイカーズファン

 

もちろん平日か週末かでも違ってくるが、そのセクションの2、3列目くらいまではとにかく選手を待つ人で溢れかえるのが普通だ。

 

そんなチェサピークアリーナで、その場所に行くことすらできない経験をするとは…。

何も知らずに階段を降りて来たファンは皆、スタッフに止められ、選手の近くに行くこともサインをもらうことも叶わないと知ると、残念そうにUターンして階段を上っていく。

ジャズのベンチ裏でも同じことが起きていた。何人かは、4列目の席に座ってコートで練習する選手を眺めているようだったが、それより前にいるファンは見当たらない。

いつもファンで溢れているはずのエリアに誰もいない。

選手を待つファンのいないアリーナ(サンダーベンチ側)

 

本当に誰もいない…

選手を待つファンのいないアリーナ(サンダー側からビジターチーム側を見て)

 

私はこんなチェサピークアリーナを、今まで一度も見たことがなかった。

 

この異様な光景に、コロナウイルスの影響が確実に及んでいることを実感しながらも、私はそのまま許されるギリギリの場所に留まり、出入りする選手やスタッフに声援だけ送った。

練習を終えたアダムスは、通路で談笑するスタッフを巧みに避けつつ、「コロナ、コロナ、コロナ」とリズミカルに言いながら通り過ぎる。ネイダーは笑顔で、ガロはウィンクして去って行った。

顔馴染みのサンダーのスタッフとは、目が合うと手を振ったり、人によってはグータッチをしたり。いつも優しいモー・チークスは、向こうから近づいて来てくれて笑いながら肘バンプ。この日現場のリポートで大忙しだったESPNのロイス・ヤングも気付いてくれて挨拶を交わす。

精神的な距離感はいつもと全く変わらない。緊張感があったとも思わない。

でもそこには確実に、いつもとは違う空気が流れていた。

無観客試合を意識してか、開場したその瞬間から、この日のチェサピークアリーナがいつもと違っていたのは紛れもない事実だ。

 

試合中断からシーズン中断までの動き

3階の自分の席に行く間に私は念入りに手を洗った。何かに触る度に携帯用ハンドサニタイザーで消毒を繰り返した。念のためにと持って来たのだが、サンダーの対応を経験して警戒心を強くしていた。

私が席に着いた時には、両チームの選手は既にコートでシュート練習やストレッチをしていた。

さっきまで入れなかったベンチ裏のセクションの前の席やコートサイドの席は、ファンで埋まっている。意図的に触ることはないにせよ、選手とファンの距離は限りなく近い。

そこにどこか矛盾を感じるものの、予防策として本気で選手との距離を取るには、最終的に無観客で試合をするしかないのだろうとも思っていた。

 

試合開始直前、舞台裏で起きていたこと

ちょうど私が自分の席に着き、アリーナが次第にファンで埋まり始める頃、私達の知らないところで事態は急変する。

6時45分
オクラホマシティ公衆衛生当局でゴベアがコロナウイルス陽性だと判明。ジャズのGMデニス・リンジーに連絡が入る。

6時46分
ジャズがスターティングラインナップをツイート。ゴベアではなくトニー・ブラッドリーがスタートと発表。

その数分後
ジャズのGMリンジーと、サンダーのGMサム・プレスティ、オーナーのクレイ・ベネット、NBAコミッショナーのアダム・シルバーと、オクラホマシティ郡の保健局とで協議が始まる。

一刻の猶予もない咄嗟の判断だったと後にシルバーはその時のことを振り返っている。選手に感染者が出た瞬間に、NBAシーズンは中断しなくてはならないとシルバーはわかっていて、そこに議論の余地などなかったと。

他のチームに通知している時間もなかったという。サンダーとジャズの試合は今まさに始まろうとしていて、まずはその試合をなんとしても止めなければならなかった。

 

チェサピークアリーナで起きていたこと

そう、その頃チェサピークアリーナでは、まさに予定通り試合が始まろうとしていた。

7時
お祈りの時間、国歌斉唱、
ジャズのスターター紹介、そしてサンダーのイントロといつものように続く。スクリーンに映像が流れ、ヒスパニックナイトのこの日はスターターがスペイン語で紹介された。

7時10分
センターコートでは、いつものようにサンダーのマスコットのランブルが、雷の音に見立てたドラムをリズミカルに叩き始める。

最初は間を置いてゆっくりと。それに合わせてアリーナのファンが手を叩く。そのリズムは次第に早くなり、最後は大きな拍手となって、アリーナ全体を包んでいく。

そこにお馴染みのゾンビネーションの曲がかかると、いよいよティップオフだ。

アリーナにいる私達ファンは、お祈りの時から既にずっと立っていて、曲に合わせて拍手をしたり踊ったりしながら、今か今かとティップオフを待つ。

選手がそれぞれのルーティーンをしながら次第にコート中央へと集まってくる。

 

…はずだった。

 

3人の審判がスコアリングテーブルの前から動く気配がない。よく見るとサンダーの人と何やら話しているようだ。

試合はなかなか始まらない。

そのうち審判が両チームのヘッドコーチが呼び、話し合いは続く。

3月11日サンダー対ジャズ 試合直前の様子(3階から)

 

アリーナにはゾンビネーションがひたすら流れる。既に2周目だ。

明らかにおかしい。ただ事ではない。

アリーナもざわつき始めた。

拍手を止め、ツイッターで情報収集を始めた私の目に最初に飛び込んできたのは、ロイス・ヤングのこのツイートだった。

7時10分
サンダーの医療チームのスタッフが審判をつかまえて話を始め、選手はベンチに戻るように指示されたという。

実際の映像がある。

ランブルがドラムを叩き始める直前、試合前の現場リポートをするニック・ギャロの後ろを、サンダーの医療チームのドニー・ストラック氏が審判の所へ駆け寄っていく姿が見える。

審判と話し合いをしている時の映像も。選手によってリアクションも違うのがわかる。

 

この時ドクターが審判に何を伝えたのかは定かではない。話し合いの長さや表情から、コロナウイルスのことは伏せて、ただ事情があって一旦試合を止める方向で話を進めていたような気がしないでもない。

私はロイスのツイートを見た時、咄嗟にゴベアの『病気』と何か関係がありそうだと思った。

ジャズは、5時45分にゴベアは病気で欠場とツイートしたのに、その20分後にはやっぱり出る可能性があると変更し、結局試合開始直前に再び欠場となるなど、情報が二転三転していたことがどうも気にかかっていたのだ。

この時点で陽性反応が出ているとまでは思わなかったが、おそらくコロナウイルス絡みで何かを警戒しているような気がしていた。

 

7時14分
審判とHCの話し合いが終わり、
両チームがロッカールームに下がって行く。

 

まずジャズが先に動き出した。私には、ジャズの選手は特に迷いなく、一斉に下がっていくように見えた。

一方のサンダーは、各々が自分のペースでゆっくり引き上げていく。何が起きているのか混乱し、納得がいかないながらも下がるように言われたので渋々移動を始めている印象だった。

これはあくまで私の憶測だが、ジャズの中には、試合が一旦ストップしたこととロッカールームに戻るように言われたことで、ゴベアの状態がまずいのかもと検討がついた選手もいたんじゃないかと思う。

それに対してサンダーは、そもそもゴベアの体調のことを知らない選手もいただろうし、ほとんど状況が理解できなかった可能性がある。

後にガロがこの時のことを語っている映像を見たが、サンダーの選手はやはりほとんど何が起きているかわかっていなかったようだ。ガロはコロナウイルス絡みじゃないかと予想がついたらしいが、選手によってはロッカールームに下がってからも、試合が再開されると信じてストレッチなどで身体を温めていたという。

 

その時の私には、選手が仕切り直してまた出てくるようには思えなかった。そもそもティップオフ直前で試合が止まり、選手がロッカールームに引き上げるなんてそれなりの理由がなければ起きないことだ。

アリーナではブーイングが起きた。

何が起きているかわからない状態で、何の説明もなく時だけが流れた。

 

7時17分
とうとう
審判もコートからいなくなりアリーナはますます騒然となる。

私は状況を理解しようとひたすらツイッターを追っかけていた。

サンダーの実況が、ゴベアとムディエイの体調不良の一件がクリアにならなるまで試合は再開されないようなことを言ったというツイートを見かけ、これはコロナウイルス絡み以外の何者でもないと思い始めた。

 

選手もいない審判もいないコートで、何が何だかわからないまま、何かを続けなくてはいけなくなったサンダーは、ありとあらゆる手段を使ってアリーナのファンを盛り上げようと努力していた。

ランブルの後ろ向きでのハーフコートショットに続いて、Tシャツトスが始まる。

まだこの段階では多少遅れるだけだと信じていたファンもいるのかもしれない。Tシャツをもらおうとファンは手を振って盛り上がっていた。

次にキッズダンスチームのパフォーマンス。それが終わると、ハームタイムでやるはずだったエンターテイメントショーまで始まった。

その頃にはファンも冷め始めていた。私は試合の再開などとっくに諦めていた。

 

7時37分
試合の延期のアナウンスが流れ、アリーナがどよめく。

私の周りにいたファンの反応は様々で、皆それほど深く受け止めている感じではなかった。口々に「延期っていつやるんだろうね。」「今日のチケットはどうなるんだろうね。」と言っている声が聞こえた。

それでなくても無観客試合に突入する流れの中、ティップオフ直前の試合を止めなければいけないほどのことが起きたのだ。

延期になったとしても、その試合はそもそもアリーナでは観れないだろうと私は思った。

次にアリーナに来れるのがいつになるかもわからない。

しばらくゆっくり席に座り、アリーナ全体を眺めていた。

コートから選手がいなくなり、ファンがアリーナから出ていくのはいつも見慣れた光景だ。

違うのは、スクリーンに試合結果が出ていないこと。

試合を見ることなく、アリーナを後にするということ。

3月11日サンダー対ジャズ 試合延期の表示

 

8時半
家に戻り、ツイッターで続報を確認。

ほんの数分前にゴベアに陽性反応が出たことが公になっていた。

驚きはなかった。あれはそうとしか考えられなかったから。

そしてまもなく、今シーズンの中断が発表された。

 

ゼロ地点で歴史的瞬間を目撃して思ったこと

3月11日のジャズ戦を最後に、金曜にはサンダーも無観客試合を始めると覚悟していた私だが、その日のうちにシーズン中断になるとは、さすがに心の準備ができていなかった。

選手に陽性反応が出たら試合続行が無理なのは当然の流れなのに、だ。

ゴベアの状態について『もしかして』と思いはしても、それが即中断を意味することと結び付けられなかったのは、あのアリーナでの出来事すべてが、私の想定した範囲を軽く超えていたからかもしれない。

事態の深刻さを理解し始めたのは、その夜ファンが帰った後もアリーナで隔離されていたジャズとサンダーの選手やスタッフの状況や、翌日ドノバン・ミッチェルの陽性反応のニュースを知った頃だ。

ゴベアはアリーナにいなくても、ミッチェルは事前練習に出ていて、私は彼を比較的近くで見ていた。ボールボーイをはじめ、彼と接触をしていた人もそれなりにいた。

それにもしも選手とファンの接触が禁止されていなかったら、私はおそらくジャズ側でミッチェルからサインをもらっていたと思う。

それを考えるだけで、無症状の人が知らず知らずにウイルスを拡散する可能性があることが恐ろしくなった。

誰がかかっていてもおかしくない。私が無症状のその人の可能性だってゼロじゃないのだ。

この一連の出来事でコロナウイルスは私にとって他人事ではなくなった。

 

あの日、選手の罹患が発覚し、ジャンプボールの前に試合を止めたこと。

そしてNBAのシーズンを中断したこと。

それによってどれだけの感染拡大が防げたことか。

あの日シーズン中断を決めたNBAの動きは、スポーツ業界に留まらず、アメリカ全体の危機感を高めるきっかけになったと思っている。

 

3月11日、大事な一戦になるはずだったサンダー対ジャズの試合。

肝心の試合こそなかったが、あの日チェサピークアリーナで起きていたのは、歴史に残る前代未聞の出来事の連続だったことは間違いない。

 

参考記事:

Jazz Center Rudy Gobert tests positive for coronavirus by Royce Young

Inside the NBA coronavirus shutdown: How a few tense hours changed everything by Ramona Shelburne

Microphone hijinks, backstage rumors and all hell brea king loose: The Utah Jazz’s surreal night in Oklahoma City by Andy Larsen

 

 

 

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