NBAのシーズンが中断した3月11日のあの時のことを振り返るシリーズ。
ここまでの2回で、一週間前のまだ幾分のんびりした状態から、刻々と状況が変わっていくまでをまとめてきた。
今回はいよいよ、3月11日の話に入ろう。
この日は、サンダー対ジャズ戦のティップオフ直前のあの異様な状況から、試合自体の延期→中止、さらにはルディ・ゴベアのコロナウイルス感染の発覚、その後のNBAシーズンの中断に至るまでの、一連の出来事が本当に衝撃的だった。
あの夜のことがあまりに衝撃的過ぎて、実際にはその前にもかなり重大な動きがあったことは忘れられがちだ。
ここからは、あの日に起きていたことを時系列で振り返っていこうと思う。ちなみに時間は全てOKC時間(セントラルタイム)で統一している。
無観客試合が現実になった午後
3月11日、ユタ・ジャズとの試合をチェサピークエナジーアリーナに観に行く予定だった私は、普段と特に変わらない一日をスタートさせていた。
そしてTVを見ながら、ランチを食べていた時のことだ。
iPhoneの通知が鳴り始めて、慌ててツイッターを確認した。
ウォリアーズが12日の試合を無観客で実施すると発表
3月11日、午後1時頃
この日、サンフランシスコ保健局が1000人以上が集まるイベントの禁止令を出し、それを受けて、ゴールデンステイト・ウォリアーズが、自身のホームであるチェイスセンターで予定されている翌12日木曜のネッツ戦を、無観客で実施することになったという。
The Golden State Warriors are planning to play foreseeable home games without fans in observance of the San Francisco Health Office's order prohibiting group of events of 1K or more from assembling, source tells ESPN.
— Adrian Wojnarowski (@wojespn) March 11, 2020
ツイッターではしばらくはこの話でもちきりだった。
とうとう無観客試合が現実になったという驚きと動揺と諦めと、わかってはいたけどどう消化していいかわからない戸惑いのような複雑な空気が流れていた気がする。
同時に声援のないアリーナで試合中の音楽はどうするのかなど、具体的な進行についても話題に。
確かにファンがいないからといって音がないのはやりにくそうだなとか、実際どんな風になるのか興味があるからその試合はチェックしなきゃなとか、私ものんきに考えていた。
12日にはひとつのチームが無観客試合を行う。
それをきっかけにして、NBA全体がその方向に舵を切ることになるのは目に見えていた。
この頃には、もう無観客試合は避けられないと覚悟ができていたのは間違いない。
問題は、本格的に始まるのはいつからか、だった。
ワシントンDC保健局が1000人以上の集まりの自粛を要請
3月11日、午後2時過ぎ
ウォリアーズが無観客試合の発表をしたその1時間後には、ワシントンDC保健局も1000人以上の集まりの自粛を要請。
その結果、DCが本拠地のワシントン・ウィザーズの動向がにわかに注目されるが、自粛要請であって禁止令ではないため、ウィザーズはNBAとNHLの指示に従い、予定通りに観客を入れて試合を行うと発表した。
The Wizards' ownership group says it will not follow the DC Department of Health's recommendation that non-essential mass gatherings be postponed or cancelled.
— Fred Katz (@FredKatz) March 11, 2020
"At the current direction of the NBA and NHL, our games will go on as scheduled and be open to spectators."
More here: https://t.co/q46aq7BFKX
NBAチームの本拠地がある自治体の保健局が、ほんの数時間のうちに1000人以上の集まるイベントを禁止し、自粛を要請した。
この流れが止まるとは到底思えなかったし、そもそもその人数の限度が1000人の時点で、18000人とか20000人とかファンが集まるNBAは完全にアウト。
NBA自体が無観客試合を決断するのは時間の問題だろうと思った。
マーチマッドネスが無観客試合の実施を発表
3月11日、午後3時半
マーチマッドネスで知られるカレッジバスケットボールのNCAAトーナメントも、無観客試合を実施すると発表。
And now official. No fans at NCAA tournament games. Limited family and essential personnel only. https://t.co/IQHo3kZ8Mf
— Keith Smith (@KeithSmithNBA) March 11, 2020
これはかなりの衝撃だった。
カレッジスポーツがあり得ないほど盛り上がるアメリカで、マーチマッドネスを観客なしで開催することがどれだけ深刻なことか。
とうとうここまで来たか、という脱力感があった。
こうして3時間も経たないうちに、アメリカ国内で大人数が集まることはコロナウイルスの感染拡大につながる危険な行為だということが、スポーツファンの間に一気に広がった。
いずれOKCもその影響を受けると私も覚悟はした。
でもオクラホマ保健局はそういう自粛要請すら出していないから、ここはまだ大丈夫だと思っていた。
発表されることのなかったNBAの無観客試合の決断
3月11日、午後4時半
予定されていたNBAと各チームのオーナーが電話会議がスタートし、今後について協議が始まる。
ごく一部のオーナーは、この会議で既に、一時的なシーズン中断を進言していたという。
ウォリアーズのオーナーがその一人で、サンダーのオーナーは選手やスタッフにコロナウイルスに感染している人がいないと考えるのは馬鹿げていると訴え、ロケッツのオーナーは中国との件で財政的に苦しいにも関わらず、3週間から4週間の休止を提案したらしい。
しかし、大多数のチームのオーナーはなんらかの形でシーズンを続けることを望んだ。そして、一時的に無観客で試合を行う方向で話はまとまりつつあった。
無観客試合を実行するということは収入源が減るということだ。各チーム及びアリーナへ影響は計り知れない。
それでも、ウイルス拡大を防ぐために大規模イベントを中止するように公衆衛生局から指示を受けていた以上、そんなことを言っていられる状況ではなくなっていた。
この話し合いの結果、全ての試合を無観客で行うことを、NBAコミッショナーのアダム・シルバーが翌日の木曜日には発表する予定でいたという。
結果的には『NBAの全試合無観客試合』を発表することにはならなかったが、3月11日の午後の、ほんの5時間ほどの間に、アメリカの事態は深刻さを増し、NBAはその波に呑まれつつあったことは間違いない。
私はちょうどこの電話会議が始まる頃には、チェサピークアリーナに向かって車を走らせていた。
この日に電話会議があることも忘れていたし、話し合いの結果、NBAが無観客試合の実施を発表をしようとしていることなど、もちろん知る由もなかった。
それでも、午後になってにわかに動きが激しくなり始めたアメリカの状況とスポーツ業界の状況から、さすがに覚悟していたことがある。
それは、12日のウォリアーズの試合を皮切りに、全チームが無観客試合に移行するのは避けられないことと、そしてサンダーの13日金曜日のウルブズ戦をアリーナでは観れないこと。
つまり、ジャズとの試合が最後になる、と。
まさかその試合を観ることすら叶わないとは思いもよらなかった。
一方その頃、ユタ・ジャズは…
3月11日午後の急展開のその裏で、いや、正確に言えばその前日の10日のうちから、無観客試合どころか、試合自体ができなくなる可能性のある事態がひっそりと進行していた。
選手がコロナウイルスに感染している、という事態。
ルディ・ゴベアのあの一件だ。
ここでユタ・ジャズの動きを、3月10日から振り返っておこう。
3月10日、ゴベアが体調不良を訴える
3月10日、午後5時頃
ソルトレイクシティをチャーター機で出発したユタ・ジャズが、OKCの空港に到着する。その後バスで移動し、21cミュージアムホテルにチェックイン。
その夜、ドノバン・ミッチェルは、OKCの南西に隣接するデルシティのデルシティ高校の体育館でプライベート練習を実施。その高校のバスケ部のコーチと少なくとも2人の子供がその場にいあわせ、子供達はミッチェルと写真撮影している。
※後にミッチェルにもコロナウイルス検査で陽性反応が出ているが、この時点では彼に感染の症状は出ておらず、子供達との交流も最小限のため特に問題はないだろうと言われている。
一方、シーズン中断のきっかけとなったルディ・ゴベアが体調を崩したのはこの日。
チャーター機に乗る前かどうかは定かではないが、10日の時点で寒気と頭痛があり、乾いた咳が出ることをジャズの医師に報告している。
それを受けて、インフルエンザA型とB型、上気道感染、扁桃炎の検査を受け、全て陰性と診断される。
3月11日午前、ゴベアがコロナウイルス検査を受ける
3月11日、午前11時
ジャズはチェサピークアリーナにバスでチーム練習を実施。
ゴベアと、エマニュエル・ムディエイの2人は、体調が悪いとのことでこの練習に参加していなかった。
2人の出場は未定と発表したことを、ジャズの番記者がツイートし、そのツイートはRTされて私のTLにも表れた。
その一連のツイートを見て初めて、2日前にゴベアが軽率な行動を取ったことと、ファンが『コロナウイルスに感染してたりして笑』のようなジョークを飛ばしていることを知る。
この時点では私も、『してたりして笑』と軽く受け取っていた。してたら笑えないのだけれど、どの程度の『病気』なのかよくわからなかったので、そこまでは気にしていなかった。
NBAでは欠場の理由に、”sickness”という表現を使うことがある。インフルエンザなら ”flu”と言うなど、その理由や症状がはっきりしている時は具体的な言葉を使う一方で、原因不明で微妙な症状だったりする時は言葉を濁して”sickness”を使う印象がある。
軽く受け取ったのは、ゴベアだけじゃなく、ムディエイも”sickness”と言われていたせいもあるかもしれない。さすがにコロナウイルスじゃないだろうと思っていた。
ところがこの時、ゴベアは熱が100℉(39℃)以上あり、その上、ハイリスクの地域からの来客を迎えていた(ゴベアの家族がフランスから渡米していた)という背景もあって、ジャズとサンダーのチームドクターは、オクラホマ州保健局との協議/協力のもと、新型コロナウイルス検査の実施に踏み切っていた。
検査結果が出るまで最低4時間から6時間がかかるため、その間ゴベアは滞在中のホテルで待機していたという。
ここで改めて考えてみてほしい。
ウォリアーズが無観客試合の実施を発表したのは、この日の午後1時過ぎ。
あのざわめきの最中に、実は密かにNBA選手初のコロナウイルス検査が既に行われていたことを。
ゴベアが検査を受けたことを知っていたのは、ゴベア本人のほか、ジャズのトレーニングスタッフ、ジャズのフロントオフィス、NBAリーグ、サンダーのチームドクター、そしてオクラホマシティの公衆衛生当局関係者(被験者の情報やその状態などは、個人情報保護法で守られている)と言われている。
私が調べてみた限りの情報で、もしかしたら事実と違う可能性は否定できない。
が、ゴベアの検査のことをNBAリーグが知っていたなら、おそらくアダム・シルバーも知っていた可能性は高い。
とすると、検査結果が陽性だと判明していなくても、電話会議の内容や結論はもっと違っても良かったのではと思ってしまう。
もしも結果が陰性だったら、どうなっていたのか…。
それを思うと、全ては起こるべくして起きたということかもしれない。