OKCから再びこんばんは。
YOKOです。
時々、“ニック・コリソン”という検索ワードでこのブログに来てくれる人がいるのです。
そしてそれを見るたびに、『ごめんなさい』と思っていた私。
だってニックのことだけの記事って、それこそ契約更新したっていう前の記事くらいなので…。
でも実は、2013年6月から暖めていた、ニック・コリソンの記事があるのです。
そう、思えばそれはちょうど私がブログを始めた頃。
あちこちでこれは!と思う英語の記事を見つけては、『これはサンダーファン必読!でも英語だとわかる人にしかわからないなぁ』となぜか悔しくなり、現地情報の発信を目的に始めたブログで、英語の記事も訳して紹介していこうと思いました。
そのひとつが今回紹介する記事。
いつかニック・コリソン特集としてアップしようと思っていたので、このタイミングはばっちりじゃないかと。
ただし、なんといっても2013年6月から暖めていただけあって、2年前の状況を元に記事が書かれている点はご了承ください。
オクラホマシティサンダーの秘密兵器
by Andy Kamenetzky, Mar 21, 2013
コービー・ブライアント、ティム・ダンカン、ダーク・ノビツキー、ポール・ピアス、トニー・パーカー、マヌ・ジノビリ
この選手達の共通点は何か。
彼らは皆、NBAチャンピオンで、オールスタープレイヤーで、リーグMVPからNBA Finals MVPから年間シックスマンまで、様々な栄光の受賞者だ。
そして彼らのもうひとつの共通点は、オクラホマシティサンダーのフォワード、ニック・コリソンよりも長く、フランチャイズプレイヤーをしているメンバーであるということ。
そう、ニック・コリソン。
ラグジュアリータックスによって、定期的なロスター変更が促進される近代のNBAにおいて、『死ぬまでチームX』という概念は急速に珍しくなってきている。しかし、コリソンが過去10シーズン強の間に移動したのは、当時のソニックスに連れられて、シアトルからオクラホマシティへ行った、たった一度きりだった。
サンダーのサム・プレスティGMは2011年、コリソンが2015年まで所属できるように熟考し、クリエイティブな解決策を打ち出し、キャップフレンドリーな契約延長を成し遂げた。
今やヒューストン・ロケッツのオールスターとなった、ジェイムス・ハーデンをキープすることにサンダーが躍起にならなかったことを踏まえると、その件では金額面で大きな溝があったことを考慮したとしても、コリソンの価値がどれだけ大きいかがわかる。
「物事がうまく運んだのはとても幸運だった。」
コリソンは契約延長について電話インタビューでそう答えた。
「選手は皆いろんな理由であちこち移るけど、俺はなんとかひとつのチームに残れている。」
ではどうしたら、ダブルスコアを取るわけでもなければ、毎シーズン平均的なリバウンド数しかあげず、SportsCenter(スポーツ番組)でも滅多に取り上げられない上に、そのポジションで殿堂入りする可能性もないようなパワーフォワードが、自身のキャリア全てをひとつのフランチャイズで過ごせるのだろうか。
一言で言うなら、それは、“チャージ”だ。
過去4シーズンの間、コリソンは、サンダーが獲得したチャージ数でトップであり、圧倒的な大差をつけている。Synergyによれば、この記事を書いている時点で、2009-2010年以降、彼はOKCの全チャージの36%近くを取っている。
スコット・ブルックスコーチが身体への負担を心配して止めるまで、コリソンは練習中も定期的にテイクチャージしていた。
止められた後も、練習中のテイクチャージの素質が損なわれることはなかった。
オールスターPGのラッセル・ウェストブルックはこう話す。
「練習中に時々、ニックは倒れずに、相手を抱きとめるんだよ。俺がドライブしていくと、彼は『それはチャージだ』って言ってくるんだけど、彼は倒れはしない。そうやって俺たちにチャージを教えてくれてるんだ。」
はっきりさせておきたいのは、コリソンは喜んで虐待を受ける以上のものをチームに提供しているということだ。
得点量産型のシューターでないが、コリソンはコートのほとんどのスポットから打てる熟練者だ。守備ではほとんどミスをしない。攻守に渡って、コリソンは高いバスケットボールIQを使って手堅い貢献をしているのだ。
しかし、そのチャージこそが、OKCにとってコリソンがどういう意味を持つかを具現化していて、そうやって彼はロールプレイヤーのロールプレイヤーとして自分自身を作り変えたのだ。
しかし、ロールプレイヤーとは一体何を指すのだろうか?
「スターであることが役割でないプレイヤーのことじゃないかな。」とコリソンは笑う。
「でも俺は全員に役割があると思ってるんだ。ケビン(デュラント)にだって役割がある。点を取るという役割がね。あんな高いレベルで一試合に20点取れる選手なんて、この地球上にそうたくさんはいないよ。それ以外の選手は、バスケットボールっていう手段では他のことで対応するしかないのさ。」
「NBAっていうのは、一時はスコアラーだった連中の集まりなんだ。NBAに入っても、いつも同じことをしているわけじゃない。各チームには3、4人の点取り屋がいる。あとの選手は他に何ができるか考えるしかないんだよ。だからこの世界で生き残っていくのは大変なのさ。」
コリソンが、かつて点を取っていたことは忘れられやすい。
カンザス大学4年生の時、コリソンは平均18.5点を取り、初のAP オールアメリカンのファーストチームに選ばれた。Big 12史上最高の得点王として大学を出て、2003年のドラフト(全体の14位)で選ばれた。多くの人が、彼がシュートすることを期待していたのだ。
しかし、コリソンは、自分のスキルセットが次のレベルに行けるものだという自信があまりなかった。
「オフェンスに関して言えば、自分に何ができるかよくわかってなかったんだ。レベルが高くて、皆でかくて運動能力が高かったからね。俺はやっていけるってわかっててこの世界に飛び込んだけど、自分がどこならはまるのか、正確にはわかっていなかった。自分の中で一番最初にやりたいと思ったことは、とにかく食らいついて、自分がリーグでプレイできることを証明することだったんだ。」
この目標はスタートから困難にぶつかる。トレーニングキャンプの早い段階で怪我をしたコリソンは、その後両肩の手術をして、2003−2004年のシーズンすべてを欠場した。
彼の成長は厳しくなり、バスケットボールを再開した時には、オフェンスにおける、特にかつて彼が支配していた、ポストプレイでのリズムを失っていた。
この事態に、コリソンは無理に立ち向かうのではなく、むしろ異なる調整をすることにした。ディフェンスにフォーカスすることにしたのだ。リバウンドを取ること、ルーズボールを追うこと、スクリーンをかけ続けることに。
「一時、サンダーにはレイ・アレンがいて、だから俺たちはたくさんのプレイで、彼をオープンにするようにしていた。」ニックはこう説明する。
「いいスクリーンをやろうと本当に努力して、やり方を身につけたよ。以前もスクリーンはやってたけど、スクリーンをうまくやることなんて俺の優先事項じゃなかったんだ。」
奇妙な形ではあるが、コリソンの怪我はいい結果を招いたのかもしれない。
スターダムにのし上がることはできなくなった一方で、 ー コリソンはそんなことは初めからなかったと思っているが ー 怪我によってキャリアの肉体労働者の基礎を築き上げることになったのだ。
しかし、役割を誠実にこなしているにも関わらず、82試合分の単調な仕事は、当初は特別楽しいものではなかった。
コリソンがいた初期のチームは、ただ頻繁に負けるなんてものではなかったのだ。彼らの記録はシーズンごとにぐんぐん悪化していった。
スタッツや肉体を犠牲にするのは、それに勝ちが伴わない場合、非常に大変なことで、コリソンは当時転地を願ったことを認めている。
「勘違いしてほしくはないんだけど、」コリソンは話す。
「それがバスケットボールなんだ。素晴らしい仕事だよ。現実の世界じゃないけど、まだまだ長いシーズンでちょっとした暗黒の日々だったから、どこか他のチームに移されたら幸せだろうなあって思った時期が確かにあったね。」
それでも、コリソンは身を潜めて静かにコツコツと努力した。
その後チームには、デュラントやウェストブルック、ハーデンやサージ・イバカのような将来のスターが加わって、コリソンは、若手選手が見習うべきプロフェッショナリズムのお手本となった。
サンダーが勝ち取るどの優勝も、最終的にはスター選手の力にかかっているだろうが、コリソンはOKCのアイデンティティ構築に一役買っているのである。
「これまで誰も、私にニックのことについて聞いてきたことはないよ。」嬉しそうに微笑みながらブルックスが答えてくれた。
「ニックはチームのお気に入りの選手の一人だ。私たちは皆ニック・コリソンが大好きなんだ。ニックはチームメートに求めることすべてをやってくれるし、最大限の努力をしなかったことなんて一度たりともない。
ニックはすべてなんだよ。コート上で、ロッカールームで、バスの中で、ホテルで、とにかくどこででも、彼は、サンダーの選手たちにとって、尊敬に値する存在で、NBAプレイヤーのあるべき姿を理解するのに素晴らしいロールモデルなんだ。」
「どのチームにニックは必要だけど、私たちはニックをどこにもやらないよ。」
「ニックが、サンダーバスケットボールの定義なんだ。」ウェストブルックも同意する。
「ニックはDay1からここにいる。いいときも悪いときも見て知っているし、入ってくる選手も出て行く選手も見てる。ニックは毎日一貫して自分の仕事をしてるよ。何に対しても不平不満ひとつ言わずにね。ニックはそういう一流のタイプの一人さ。」
コリソンのキャリアに対する尊敬は、ロサンジェルス・クリッパーズ戦に勝った、3月の試合後のデュラントの行動に最もよく表れている。
それは、3年連続得点王の彼が、ほとんどの選手が断れるとしたら断る、試合後の囲み取材をちょうど終えたところだった。だから、追加の質問はたいして魅力のあるものではなく、さらに会話を続けようとするレポーターを追い払うべく、PR担当者が大抵近くでスタンバイしている。
私がデュラントに近づき、コリソンについての記事を書こうと考えていると彼に伝えた瞬間、担当者がセッションは終了したと言ってきた。
しかしデュラントはPR担当者を退け、そして待ち切れないと言わんばかりの笑顔でこう言った。
「ニックのことなら話すよ。」
私の興味がコリソンにあることを知り、明らかにデュラントは喜んだのだ。
「ニックがいなかったら、今のサンダーにはなれなかっただろうね。
彼の発する言葉や、彼のリーダーシップ、彼のプレイ、いかに彼が自分の身体を犠牲にしているか。ニックは自分の役割をわかっていて、それを完璧にこなすんだ。
それに彼はタフなんだよ。世の中にあるすべてのタフさを持ってるんだ。彼のようなプレイヤーと一緒にプレイできることを本当に光栄に思うよ。自分を犠牲にして、勝つことだけを目指している。ニックがいることで皆がやりやすくなるんだよ。」
「俺はここで起きることに責任があるような気がしていて。」ニックはそう認める。
「サムもそう言ってたね。去年のシーズンの最後にそんな話をしたよ。
彼は、ここで起きていることや、俺がいかに、今の自分たちを作り上げてきたその一部になれているかってことに誇りを持つべきだって話してくれた。ほんとにそうなんだ。
ここにまだいられるってことは、本当にすごい意味のあること。あの頃のタフな年月の経験があったからこそ、成功することに今はより満足感を味わえるんだ。」
「そのことについては俺とニックでしょっちゅう話すよ。」デュラントはこう続ける。
「俺たちは、このサンダーの育ての親みたいな感じさ。ニックは俺より長くいるけど、(シアトル時代から)ここに残ってるたった2人の選手だっていうのはスゴイと思うよ。」
この状況がどれだけ珍しいか、コリソンはわかっている。
「NBAは、びったりはまる場所を見つけることがすべてさ。」ニックは言う。
「おそらくこのリーグには200人の選手がいて、ほぼ同じくらいの能力を持ったリーグ外の選手が200人いる。なんらかの理由でリーグにいる選手はいい場所を見つけたってことで、俺は自分のキャリアのことをそんな風に感じてるよ。」
彼は加えてこう言った。
「俺がここでずっとプレイを続けられたら、そうなったら素晴らしいと思うよ。でも同時に、どこに行くかなんて、実際に話が持ち上がるまで全然わからないってこともわかってるんだ。だからなんとも言えないよ。俺はそんなに先まで見ていない。
でももしコトがうまく運んで、ここにいられることになれば、それほどワクワクすることはないね。」
元記事:
OKLAHOMA CITY THUNDER’S SECRET WEAPON IS NOT WHO YOU THINK
by Andy Kamenetzky, Mar 21, 2013
私はこの記事を読んで、ニックが以前、たくさん点を取っていたことを知りました。
ルーキー時代に怪我をして、守備の達人、チャージの達人になる道を選んだことを知りました。
自分にできる役割を理解し、真摯にそれに取り組む。
なかなかできることではないと思います。
この記事が書かれてからもうすぐ2年。
そして今日、ニックは新たに2年の契約を結びました。
プレスティのニックへの厚い信頼は、新たなチームを共に築き、『サンダーカルチャー』を根付かせる努力を共にしてきた同志のような、深い関係からくるものだと思います。
スコッティのニックへの想いは、「どこにもやらない」という一言に集約されている気がします。
KDとラスからのニックへの絶大なる信頼も、そして共に優勝したいという気持ちも、サンダーファンならもうずっと感じてることだと思うのですが、この記事と一緒に過去にアップしたサンダーカルチャーの記事を読むと、改めて強く感じてもらえると思うので是非!
なんだか胸が熱くなってきて(夜中で色々言いそうなのでw)、今夜はこれまで。
撮り溜めたニックの写真をアップしようと思ったけれど、それもまた今度で!